空間トランスクリプトーム解析は、Nature誌主催のMethod of the Year 2020に選ばれました。これは、私たちの健康に影響を及ぼす、複雑な遺伝的関係の理解に対する基本的貢献が認められたものです。今日まで、空間トランスクリプトーム解析はさまざまな疾患の理解向上に役立ち続けています。特にがん研究においては、空間トランスクリプトーム解析の利用によって大きな恩恵を受けています。がん発生の根本的メカニズムと、特殊療法が腫瘍細胞内の遺伝子発現にどのように作用するか、研究者たちの理解が深まる役割を果たしました。
この手法の中心となるのは、組織サンプル内の遺伝子発現パターンを可視化する蛍光スキャンです。ただし現状は蛍光観察には光学系、スループット、顕微鏡システムの複雑さによる制限があります。研究者が抱える現在および将来のニーズに対応するため、世界中のメージングコアファシリティーでは、画質を損なわずに解析効率を上げるという目標の下に自動化、スループット、シンプルなシステムを追い求めています。
このほど、EMBL Romeの顕微鏡部門責任者を務めるDr. Alvaro
Crevennaさんにインタビューし、空間トランスクリプトーム解析の新手法開発についてお話をうかがいました。その中で、EvidentのリサーチスライドスキャナーSLIDEVIEW™ VS200が、技術開発、スループット向上、現在の蛍光スキャン能力の拡張において、いかに不可欠であるかを話してくださいました。
大量の組織サンプル処理
「ここでのイメージングニーズの主たるものは組織イメージングです」— Dr. Alvaro Crevenna(EMBL Rome 顕微鏡部門責任者)
EMBL Romeの顕微鏡部門責任者であるAlvaro Crevennaさんは、イメージングを支援する施設を統率しています。同施設が重点を置く研究テーマはエピジェネティクスと神経科学の2つで、どちらもマウスを扱います。サンプルのうち固定組織標本が99%を占める同施設にとって、組織イメージングは極めて重要です。Alvaroさんが2019年に現職に就いたとき、設置されていた3台の装置はどれも組織イメージングに対応していませんでした。つまり、研究者たちはサンプルの処理に途方もない時間を費やしていたのです。
特に顕著なのは神経科学の研究者でした。神経科学研究において、ニューロン活動の可視化は脳の働きを理解する上で極めて重要です。ニューロンの一連の挙動とイベントにおける活動を観察して記録するためによく使用されるのは、ミニスコープと2光子顕微鏡です。実験後の最初のステップは、脳を薄片化してウイルスが正しく注入されたか調べることです。ただし、イメージングが必要な領域を手動で特定し、後に行う高解像度スキャンの対象領域(ROI)を選択するには長い時間を要します。
そのため、ROIの特定をより効率的かつ正しく行う方法と、大量の組織サンプルの処理に特化したシステムが必要とされていました。
組織イメージングの自動化ニーズ
顕微鏡施設に最適なスライドイメージングシステムを見つけるにあたり、AlvaroさんはEvidentのVS200リサーチスライドスキャナーを含むいくつかの装置を検討し、実際に試してみました。
EMBL RomeのVS200リサーチスライドスキャナー
VS200が選ばれた理由は、オーバービュー画像と蛍光画像のスキャンが同時にできる、という優れた柔軟性でした。さらに、AIガイド付きの組織検出アルゴリズムによって、組織スキャンとROI検出が簡単になり、時間と労力を軽減できます。これらはどちらもEMBL顕微鏡施設にとって重要な要素で、Alvaroさんは次のように話します。
「EvidentのリサーチスライドスキャナーVS200に関して素晴らしいことの1つは、オーバービュー画像が蛍光画像とともに取得できる点です」— Dr. Alvaro Crevenna(EMBL Rome 顕微部門鏡責任者)
自動画像処理に加えて、VS200が持つスライド処理の容量とスループットは、他の多くの比較モデルを上回ります。一晩処理を実行すれば10倍以上の作業を達成でき、日中に行っていた手作業による数時間のスライド処理の必要がなくなったことにAlvaroさんは気付きました。また、VS200は優れた画質と光学性能を示し、操作も非常に簡単です。Alvaroさんは言います。「通常、40分のトレーニングセッションを受ければ、1人で操作できるようになります」このことは、あらゆるレベルのユーザーがすぐに自信を持ってシステムを操作できるようになるとともに、機器の利用しやすさの向上とイメージング施設のトレーニング負担の減少の両方を可能にすることを意味し、重要なポイントです。
これらの特長はEMBLでのAlvaroさんの仕事にとって不可欠で、空間トランスクリプトーム解析のためのin
situシーケンスの実施など、画期的な手法が開発されています。VS200は操作性と効率性でEMBLが掲げる目標の達成を支える、今後の研究になくてはならないツールなのです。
空間トランスクリプトーム解析の限界の拡張
空間トランスクリプトーム解析は、遺伝子発現パターンのin situ可視化ができる優れた技術で、組織内の細胞多様性や機構の解明ができます。ただし、観察可能なチャンネル数によって、単一組織片内のより多くの遺伝子を調べる能力が制限されることがよくあります。
EMBL RomeのAlvaroさんのチームは、特に神経科学とエピジェネティクスの研究において、空間トランスクリプトーム解析の能力を上げる必要があることを認識しています。これを実現するため、可視化できる波長数を広げ、効率的なデータ処理に対応する自動解析パイプラインを開発することを目指しています。
空間トランスクリプトーム解析では、3つの異なるチャンネル(DAPI、Cy3、Cy5)を使用して、冠状マウス脳切片内のRNA分子の存在を明らかにします。
従来、顕微鏡で可視化できるのは約5波長に制限されています。VS200は、マルチプレキシングと観察法を組み合わせることで、可視化できる波長数を拡げる最高の装置です。これを使えば組織内のより多くの遺伝子活動を観察でき、イメージングサイクル数を減らしつつ、結果の品質と正確さが向上します。
AlvaroさんはEvidentとの協力を通して、多重化の可能性を求めて、さらにチャンネル数を広げようとしています。現在のところ、最大11チャンネルまで可視化できるシステムが開発され、組織内の遺伝子発現パターンの詳細を解明することができます。この数は、協力体制が続く限り増えていくでしょう。
この研究を他の研究者が利用できるように、自動解析パイプランの開発も行われています。このパイプラインによってデータ処理が合理化され、研究結果を迅速かつ効率的に解析できるようになります。また、Alvaroさんはさらにデータ品質を高めるため、基礎的なコンピューターによる超解像法の導入を模索しています。
「研究施設であるがゆえ、他の人々が導入できるようなやり方で研究を行うべきだと私たちは考えています。新しい空間分離アルゴリズムの導入について、既にEvidentと話し合っていますが、その目的はこの種の研究を行う誰もが利用できるようにすることなのです」
マルチプレキシングと自動解析パイプラインにより空間トランスクリプトーム解析の限界を広げていくことで、EMBL
Romeは神経科学とエピジェネティクスの分野をリードしています。その上、研究者たちが組織内遺伝子発現パターンを解明するために必要なツールの提供も行っています。
今後のビジョン
VS200の今後の使用について明確なビジョンを抱くEMBL
Romeは、空間トランスクリプトーム解析のサービスプラットフォーム開発において中心的な役割を果たすでしょう。EMBL
Romeが計画しているのは、単一サンプルの自動化ではなくサンプル処理プロセスの並行化です。これが実現すれば、VS200のスライドスループットがさらに高まるでしょう。そして正確さと精度を高いレベルに保ちながら、実験効率を上げることができます。このようにVS200を使用することで、EMBL
Romeは高品質な空間トランスクリプトーム解析データを世界中の研究者に提供可能なプラットフォームを構築する、という目標を達成したいと願っています。