細胞分裂はあらゆる生物に欠かせない過程です。分裂の前には、DNA内に保存されている細胞の遺伝情報を正確に複製する必要があります。この複製過程をDNA複製といい、DNA複製の適切な制御が個体の健康と生存率に重要な役割を果たします。高精度のゲノム重複を実現するために細胞がDNA複製をどのように制御しているか解明することは、生物医学研究の基本的な課題の1つです。DNA複製時に生じたエラーは、がんなどの重大な疾患に関係するゲノム不安定性を引き起こす可能性があります。実際にこれまでの研究で、がん全体の最大3分の2は、DNA複製時エラーの蓄積が原因であると推定されています。
DNA複製分野の先駆者をご紹介
細胞によるDNA複製は、Hana Polasek-Sedlackova先生が重点を置く研究分野でもあります。Hana先生は、中等学校生のときにMasaryk大学の科学研究インターンシップに参加し、ラボとDNA研究への早期加入の機会を得ました。以来、この分野の期待の星であり続けています。Hana先生の卒業論文は、「ジュニアノーベル賞」ともいわれる世界的に有名なUndergraduate Award in Life Sciencesを受賞しました。卒業後は、Copenhagen Bioscience PhDプログラムに参加するための奨学金をNovo Nordisk Foundationから受けました。この奨学金で、Copenhagen大学Novo Nordisk Foundation Center for Protein ResearchのJiri Lukas教授の研究室に加わり、博士課程修了後もそこで研究を続けました。研究論文はScienceやNatureなどの主要な科学誌で発表されました。最近では、チェコ共和国のブルノにあるInstitute of Biophysics (IBP) of the Czech Academy of Sciencesで、独立した研究グループを立ち上げています。
彼女が成し遂げた科学への貢献の1つは、MCMパラドックスの解明です。これは、この分野の科学者が1990年代から議論してきた課題で、複製時の事象を解明するために行われる、顕微鏡観察とその他の科学的手法の結果が矛盾しているように見える、というものです。この矛盾は、Hana先生が熱烈なユーザーであるscanRハイコンテントスクリーニングステーションを活用して見事に解明されました。私たちはプラハのInstitute of Molecular Geneticsで開催されたscanRユーザーミーティングでHana先生とお会いし、当該システムの使用経験と研究に与えた影響について伺いました。
Hana Polasek-Sedlackova先生へのインタビュー
Evident:IBPで独立した研究グループを立ち上げられたとき、最初に入手された顕微鏡がscanRハイコンテントスクリーニングステーションでした。このシステムを選んだ理由は何ですか?
Hana Polasek-Sedlackova:これまで専門的研究を行ってきた中で、いくつもの顕微鏡を使う機会がありました。私の観察に基づいて、顕微鏡の選定時に考慮すべき重要な要素は3つあることにすぐ気付きました。ハードウェア、ソフトウェア、そしてカスタマーサービスです。これらの基準を慎重に考慮した結果、scanRが最高のハイコンテントスクリーニングシステムだと判断しました。
まず、scanRは明快で適合性のあるハードウェアシステムであり、ユーザー固有の実験要件に対応可能であることです。広視野から超解像にわたるイメージング能力、高度な蛍光観察機能、ライブセルイメージング能力などを備えています。
2つ目に、scanRは直感的に操作できるユーザーフレンドリーな撮影および解析プラットフォームを備えているため、ユーザーは高品質で定量的なデータを短時間で取得できることです。取得した画像データをリアルタイムでマルチパラメーター解析することで、データの即時検査がかなうほか、便利な再スキャン機能など、取得パラメーターをさらに最適化できます(再スキャン機能では、サンプルを低解像度で高速スキャンして対象オブジェクトを識別してから、高解像度で再スキャンできます)。
3つ目は、Evidentの素晴らしいカスタマーサービスです。顕微鏡メンテナンスと解析サポートを担うアプリケーションスペシャリストは完璧なプロで、ユーザーのニーズ、望み、問題をいつでも支援する態勢を整えています。そして、Czech Science Foundationと私たちの研究機関の内部資金のおかげで、scanRシステムを購入し、新たな研究所に導入することができました。
scanRシステムによるDNA複製ダイナミクスの測定。(A) 1つの複製フォーク(DNA複製の基本単位)を拡大したヒト細胞の略図。特殊な蛍光プローブにより、DNAでのMCM結合(Halo)、活性CMGヘリカーゼの集合体(GFP)、DNA合成(EdU)の研究が可能です。(B) ヒト骨肉腫U2OS細胞におけるDNA複製の重要事象をscanRに基づきマルチパラメーター解析したもの。(C) 細胞周期を通じたDNAタンパク質のダイナミクスを描いた画像ギャラリー。
Evident:scanRシステムによって研究はどのように進展しましたか?scanRシステムが新たな知見の獲得に役立った例を挙げていただけますか?
Hana:scanRシステムは、DNA複製分野の根本を成す発見に役立ちました。私の研究のうち、MCMパラドックスの解明に重要な役割を果たしました。MCMパラドックスとは、MCM2-7タンパク質複合体の挙動に関するなかなか解けないパズルでした。MCM複合体は複製ヘリカーゼのコアを形成し、正確な重複のためにDNA二重らせんの巻き戻しを担います。何年もの間、研究者たちは広く知られている2つの矛盾した事実に当惑していました。(1) 5~10%だけが活性複製ヘリカーゼとして使用されるなら、なぜ細胞は過剰な量の不活性MCMを運ぶのか?(2) 顕微鏡観察では、真核生物の細胞内の複製部位にMCMがまったく見られないのはなぜか?
最近になって、私たちはこの長く続いた概念の行き詰まりを再考し、MCMパラドックスを解明しました。CRISPR-Cas9ゲノム編集とscanRハイコンテントイメージングを使用して、生細胞のDNA複製フォークのイメージングにおいて長く続いた課題を解明し、ゲノムの完全性を守るために必要なDNA複製起点の新たな恒常性経路を明らかにしました。1-2
私たちは、過剰な不活性MCMが自然複製休止点(NRPS)として機能し、DNA複製時のエラーを最小限にするように複製フォーク速度を調整していることを発見しました。この機能によって、NRPSはがん細胞によく利用される複製フォーク速度制御の別の層を表しているため、がん治療に向けた新しい魅力的な対象となっています。現在、私の研究チームが探索しているのは、DNA複製起点の最頂端調節経路と、それらがヒト組織発達の病態生理学的状態に果たす役割です。
scanRでMCM複合体のタンパク質変異体を発見したことがMCMパラドックスの解明につながりました。(A) MCMタンパク質プールを識別するためのHaloTag標識プロトコル。scanRを基にしたハイコンテント解析により、DNA複製プログラム時の親および新生MCMタンパク質複合体のさまざまなダイナミクスが明らかになりました。 (B) DNA複製時の親および新生MCMが持つ別個の機能を示すモデル。親MCMが主に活性CMGヘリカーゼに変換されるのに対して、新生MCMの多くは不活性のままですが、複製フォークの適切な動きを調節するために重要な自然複製休止点として機能します。
Evident:どのような用途にscanRシステムを使用していますか?またどのようなサンプルを撮影していますか?
Hana:私たちの研究ではさまざまな組織培養モデルを扱っていて、そのほとんどはヒトのサンプルから抽出されたものです。これには、骨、胸、卵巣、頸部、腎臓などの各種組織由来のガン細胞株のほか、非がん性細胞株、幹細胞、線維芽細胞が含まれます。動物サンプルを研究に使用する場合もあります。これらのサンプルを、細胞生物学、生物医学、遺伝学といった各種の研究法で使用し、エラーのないゲノム重複に重要な役割を果たす、新しいタンパク質や調節経路全体を識別しています。さらに、これらの新しいタンパク質と経路ががん細胞内で調節される仕組みや、それによって腫瘍成長が促進されるかどうかを調べています。それを突き止めれば、得られた知識から新たながん治療法を開発できます。
DNA複製の新たなタンパク質要素を判別するために私たちが使用している標準的な実験パイプラインには、大きな単一の細胞集団のプロファイルが含まれ、これに関してscanRシステムが大いに役立っています。例えば、新しいタンパク質候補を識別する場合、まず各種の方法を使って細胞内で下方制御します。次にハイコンテントイメージングを使い、DNA複製の正確さを段階的に観察します。実験で細胞を使う利点は、自然の環境でゲノム重複の過程を観察できることにありますが、作業の複雑さからデータ解釈が困難になる可能性があります。
ですからDNA複製の研究では、対象遺伝子の枯渇が他の細胞過程にどのように影響するかを慎重に調べる必要があります。例えば、細胞周期、DNA損傷応答、転写、クロマチンの維持、特定染色体領域の維持、全体的なゲノム安定性などへの影響です。大きな単一の細胞集団について、このように偏りのない定量的なプロファイルをごく短時間で取得すると、データの迅速な解釈に大いに役立ち、研究を効率的に前進させることができます。
TruAIディープラーニングモジュールによる成体マウス脳の個々の細胞の画像解析。脳サンプルの調製:Jana Krejci先生(Department of Cell Biology Epigenetics、Institute of Biophysics)
手動で画像を取得する場合、顕微鏡操作に何時間もかけた後、コンピューターを使った解析にさらに何時間もかかっていました。このような実験は、完了までに数か月かかります。今はscanRがあるので、すべてがたったの数時間で終わります。
Evident:そういった用途に、本システムのハイコンテント解析機能と画像ベースのサイトメトリー方法はどのように有効ですか?
Hana:細胞生物学の分野では、偏りのない定量的な情報を画像と組み合わせることが、重大な細胞過程を表す確実で正確な方法だと思います。scanRシステムはこれに対応する明解でスマートなソリューションです。先ほど触れたように、scanRシステムではサンプルの画像取得と解析が完全自動で行われるので、細胞過程について偏りのない定量的な情報が得られます。重要なのは、ワンクリックでデータの根拠となる画像を直接検査できることです。
さらに、細胞周期を通した対象タンパク質のダイナミクスを示す、偏りのない画像ギャラリーを作成することもできます。この独特な画像データ結合のおかげで、細胞過程の解析を特定部位までさらに微細化できます。核や細胞質のほか、DNA修復フォーカスなどの核内部位まで対象になります。このように定量的データが視覚的に補われることで、生物学的問題を効果的に解明しやすくなります。
scanRとcellSens™を組み合わせたシステムでDNA{ファイバーの自動撮影および解析を行う、現在進行中の研究例。(A) 1つの複製フォークを可視化するためのCldU-IdU標識プロトコル。(B) scanRシステムおよびcellSens™ソフトウェアによるDNAファイバーの自動撮影およびセグメンテーションの例。
Evident:細胞生物学や分子生物学の手段としての顕微鏡観察方法は、本システムによって変わりましたか?本システムのTruAI™ディープラーニング機能は使用していますか?
Hana:博士課程の学生としてJiri Lukas教授の研究室にいたとき、ハイコンテントイメージングとscanRシステムに出会いました。この画期的な観察法によって、細胞生物学と研究全般に対する見方が完全に変わりました。特に感銘を受けたのは、細胞過程を偏りなく完全に自動で解析できる点でした。科学研究において現在問題になっている再現性の危機を考慮すれば、細胞過程を偏りなく示す、完全自動方式のデータ取得・解析が可能なツールを追い求めることが、研究者にとって必要だと思います。
人工知能(AI)の時代になり、画像解析はこれまでの制限を超えて前進しています。scanRシステムに搭載されるようになったTruAIディープラーニングモジュールは、私の研究範囲を広げました。以前は、培養されたヒト細胞株の大きな集団の中の単一細胞を解析することに重点を置いていました。しかしAIモジュールを使うことで、例えば臓器切片内の個々の細胞を極めて微細に画像解析できます。
画像解析能力の限界を押し広げるもう一つの例は、scanRとcellSens™を組み合わせたシステムです。DNAファイバー法で調製したDNA複製フォークなど、単一分子の撮影・解析を完全自動で実施できます。これらは私の研究室で現在行っている新しいアプリケーション例の一部ですが、他の研究者の皆さんもこのツールをすぐに利用して、細胞生物学の分野で素晴らしい発見をしてほしいと思います。
Evident:scanRシステムで一番好きな点は何ですか?研究員の皆さんからの評判はいかがですか?
Hana:scanRシステムには素晴らしい機能がたくさんありますが、1つだけ選ぶとしたら、自動撮影と解析間のユニークな結びつきです。このおかげで、取得した画像のマルチパラメーター解析をリアルタイムで実施できます。私は博士課程の学生だった頃にこの機能に感動したものですが、現在の研究機関でscanRを使っている小さなコミュニティでも、初めて使う誰もが同様に感動しています。
同僚の1人は次のようにうまくまとめていました。「手動で画像を取得する場合、顕微鏡操作に何時間もかけた後、コンピューターを使った解析にさらに何時間もかかっていました。このような実験は、完了までに数か月かかります。今はscanRがあるので、すべてがたったの数時間で終わります。」
scanRシステムの詳細
今回、scanRハイコンテントスクリーニングステーションの使用経験をお話しいただいたHana Polasek-Sedlackova先生に、心から感謝いたします。scanRシステムおよびその他のライフサイエンスリサーチソリューションの詳細は、Evidentに直接ご連絡いただくか、お近くのEvident販売代理店までお問い合わせください。
Hana Polasek-Sedlackova先生の写真(撮影:Jana Mensatorova)
参考資料
- Polasek-Sedlackova H, Miller TCR, Krejci J, Rask MB, Lukas J. Solving the MCM paradox by visualizing the scaffold of CMG helicase at active replisomes. Nat Commun. 2022 Oct 14;13(1):6090. doi: 10.1038/s41467-022-33887-5. PMID: 36241664; PMCID: PMC9568601. https://www.nature.com/articles/s41467-022-33887-5
- Sedlackova, H., Rask, M.-B., Gupta, R., Choudhary, C., Somyajit, K., Lukas, J. (2020, October 21). Equilibrium between nascent and parental MCM proteins protects replicating genomes. Nature News. https://www.nature.com/articles/s41586-020-2842-3
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