蛍光イメージングは、発明以来、生物学研究の主要な手段になっています。数多くの科学者が顕微鏡レベルで細胞構造や動的過程を観察する際に役立てています。
蛍光顕微鏡を使用して生体サンプルのイメージングをしたことがあるなら、かすかなバックグラウンド信号が組織のいたるところに広がるのに気付かれたこともあるでしょう。こうした信号は構造によって強度が異なり、励起源の波長に応じて強度に変化が見られやすくなります。
しかしながら、不完全な染色法の手順やメモを確認する前には、サンプルの生物学的組成を考慮しましょう。それは細胞化されていますか?着色されていますか?かなりの量の構造タンパク質が存在しますか?これらの質問のいずれかが「はい」という答えになる場合、目にしている信号はあなたが思うほど無縁なものではないかもしれません。そのバックグラウンドのすべてではないにしても、一部は自家蛍光として自然に発光します。
生物学はあなたが思うより明るい:自家蛍光の定義
自家蛍光とは生物構造による自然の発光であり、細胞や組織内で広く発生する現象です。これは蛍光発光能力を示す内因性分子成分によるものです。染色剤や染料に用いられる人工蛍光色素とよく似た自家蛍光分子は、一般に、入射光子によって励起可能な非局在化電子を持つ多環式炭化水素からなります。自家蛍光分子は、入射光による刺激後に効率的な振動緩和に対する抵抗を示します。その結果、過剰エネルギーが新たな光子として放出されます。この光子は励起光子よりも低いエネルギー、高い波長を持ちます。メカニズムには馴染みがあっても、普段の生活で自家蛍光に遭遇しないことを不思議に思うかもしれません。結局のところ、あなた自身も生物学的実体です。しかし、容易には蛍光発光しません。
いくつかの内因性分子(キチンなど)は、紫外光刺激により鮮やかに自家蛍光することが知られています(図1左を参照)。しかし多くの自家蛍光色素は、研究室で見慣れている人工蛍光色素に比べて、入射光子による励起が起こりにくくなっています。人工造影剤の濃度を卓上の染色手順内で調整すれば、蛍光信号を制限することも増強することもできますが、天然の自家蛍光は常に生物濃縮に限定されます。
図1:生きたサンブルの自家蛍光例。左:紫外光(UV)刺激下のサソリの自家蛍光。右:外傷から10日後のラット皮膚の回復画像。表皮層の傷口に向かって垂直に伸びる血管新生が示されている。青色(DAPI):核。オレンジ色(自家蛍光):皮膚組織。赤色(CD31):血管。オリンパスBX51広視野蛍光顕微鏡とDP71カメラを使用して取得された画像。画像提供:LiShuang Li, Experimental Research Center, China Academy of Chinese Medical Sciences
自家蛍光分子は明確な励起の窓も持っていますが、ほとんどの自家蛍光はUV~緑色の範囲で励起可能で、比較的広い励起スペクトルを示します。これらの要因が合わさり、専用の蛍光刺激光源と肉眼より高感度の光子検出器を備えたイメージングシステムを使用すると、自家蛍光がより多く見られるようになります(図1右:オレンジ色の信号)。
ライフサイエンス研究で一般的な自家蛍光源
イメージング実験で自家蛍光の存在にうまく対処するには、サンプルを構成する生物学的組成を考慮します。研究室でよく目にする自家蛍光の発生源をいくつか以下に示します。
1. ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド
ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD(P)H)は、細胞質全体に見られる代謝補因子および電子伝達体であり、解糖およびペントースリン酸経路における重要成分として機能します。細胞代謝の重要成分であるということは、NAD(P)H自家蛍光がほぼすべての生細胞内に存在することを意味します。代謝機能を果たすため、この分子は酸化型(NAD+)と還元型(NAD(P)H)の状態で存在します。ただし、蛍光を生成するのはNAD(P)Hのみです。酸化型のNAD+は自家蛍光しません。励起:340 nm、発光:450 nm。(出典:Chance et al. 1979; Georgakoudi et al. 2002)。
2. フラビン
フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)の形式でよく見られるこの代謝補酵素は、TCA回路や電子伝達系において重要な役割を果たします。主にミトコンドリア内に局在し、代謝活性過程で自家蛍光信号のホットスポットを生成します。フラビンの自家蛍光を「フラビンタンパク質蛍光」と呼ぶ研究者もいますが、これはFADがコハク酸デヒドロゲナーゼのようにミトコンドリア内のタンパク質複合体に機能的に結び付けられているためです。NAD(P)Hとは反対に、FADの酸化型のみが蛍光を生成し、還元型は生成しません。励起:380~490 nm、発光:520~560 nm。(出典:Chance et al. 1979; Deyl et al. 1980)。
3. コラーゲン
コラーゲンは、ほとんどの組織を支えるさまざまな構造基質を作るために集めることができる重要な働きのタンパク質です。皮膚の真皮、内蔵の細胞外基質、それを取り巻く血管系に見られます。腱、靭帯、髪、爪も構成します。コラーゲンは細胞培養ではほとんど見られませんが、イメージング実験に生体内サンプルや全組織を使用する研究者は、コラーゲンを必ずと言ってよいほど目にするでしょう。励起:270 nm、発光:390 nm。(出典:Georgakoudi et al. 2002)。
4. エラスチン
もう一つ重要な細胞外基質(ECM)タンパク質であるエラスチンは、コラーゲンとともに散在して細胞外基質に機能拡張性を与えています。エラスチンは頻繁に弾性変形が生じる血管系の周囲に密集して、血圧の変化に対処します。また、下層の骨や筋肉の動きを補うために柔軟性が必要な皮膚内にもあります。繰り返しになりますが、生体内サンプルや全組織のイメージングを行う場合は、エラスチンなどの構造タンパク質による自家蛍光に注意する必要があります。励起:350~450 nm、発光:420~520 nm。(出典:Deyl et al. 1980)。
5. リポフスチン
やや混乱させる自家蛍光分子であるリポフスチンは、小さいながら鮮やかな構造体を形成し、ニューロン、グリア細胞、骨格筋細胞、心筋細胞などの蛍光スペクトルに見られます。リポフスチンは細胞培養と全組織の両方で識別できます。サンプルが生物学的老化を経るにつれて徐々に明確になることが認められています。名前が示すように脂質(lipid)やリポタンパク質を担う一方で、リポフスチンからの自家蛍光信号はタンパク質、炭水化物、脂質が混ぜ合わさったものに起因します。励起:345~490 nm、発光:460~670 nm。(出典:Billinton and Knight 2001)。
6. トリプトファン
必須アミノ酸の1つで、神経学的研究で扱うセロトニンやメラトニンといったシグナル分子に必要な前駆体であるトリプトファンは、タンパク質生合成の主要な成分です。トリプトファン残基はほとんどの折り畳まれたタンパク質内に見つかり、それに続いて自家蛍光信号が細胞や組織に広がるため、その遍在は軽視できません。化学構造がタンパク質構造に結び付いていることから、トリプトファンの自家蛍光は、タンパク質構造と結合状態の変化に応じた波長と強度の変化が観察されています。励起:280 nm、発光:350 nm。(出典:Ghisaidoobe and Chung 2014)。
7. メラニン
メラニンは皮膚、髪、目の色に寄与する天然色素です。皮膚の表皮基底内の細胞によって生成されるメラニンは、光防護分子として作用し、皮膚細胞の外側に向いている重要なタンパク質やDNAが太陽のUV光によって損傷を受けないように保護しています。メラニンは同一サンプル内でも集中と分散の状態が異なるため、メラニン細胞を直接培養するのでないかぎり、皮膚を透過するイメージング実験ではメラニンに最大限の配慮が必要です。励起:340~400 nm、発光:360~560 nm。(出典:Gallas and Eisner 1987)。
サンプル調製による蛍光
上記の光源では、生体組織から自然に光子が発せられています。多くの研究者は、研究室でのサンプル調製に必要な非生物コンポーネントや試薬から発せられる蛍光も目にします。
例えば、ペトリディッシュ、ウェルプレート、細胞培養フラスコのプラスチック底が、明るく広いスペクトルにわたり蛍光を発することがあります。生体サンプルの蛍光イメージングを行う場合は、ガラス底または厳密に非蛍光性のポリマー容器を必ず使用することをお勧めします。細胞培地への添加剤として一般的なフェノールレッドも、生細胞イメージング時にバックグラウンド蛍光を大きく増加させる場合があります。これを回避するには、イメージング実験を始める前に培地をフェノールレッドを含まない別のものに変えるだけです。
紙のラベルやシールも蛍光を高く発するため、同様の問題が生じる可能性があります。容器やスライドに紙のラベルを使用する場合は、イメージングするサンプルから離すようにしてください。
最後に、染色手順でよく使用されるアルデヒド系固定液も注意が必要です。グルタルアルデヒドやホルムアルデヒドなどの試薬は、タンパク質に反応して細胞や組織全体に蛍光架橋を作ります。意図しない蛍光信号の蓄積を防ぐには、非アルデヒド系固定液に交換してください。
これらの例は自然に発生する自家蛍光源ではありませんが、発生源と影響を理解すれば画像データへの不必要な作用を防ぐことができます。
イメージング実験で不要な自家蛍光を管理する方法
ここまで、いくつかの自家蛍光色素とそれらの発生場所について確認しました。ここで疑問が生まれます。イメージング実験を始める前に、これらの信号を管理するにはどうすればよいのでしょうか。
組織または分子の単純な培養の場合、市販の染色剤の励起および発光スペクトルを慎重に選び、主な自家蛍光ピークを回避する狭いスペクトル範囲のフィルターを見つけます。こうすることでSN比を大きく高められます。
可能ならば、高量子効率の染色剤を選ぶか、造影剤の濃度を高くして実験します。費用は高いながら、この方法でも信号を増強できます。最新の方法では、近赤外(NIR)励起光とともに700 nm超で励起可能な標識(Cy7やAlexa Fluor 750など)を使用して、自家蛍光がよく発生する励起・発光範囲を回避できます(図2)。
図2:市販の蛍光色素Alexaの発光ピークと生物学的イメージングで一般的な自家蛍光分子の発光ピークの比較。NIR範囲で励起・発光する造影剤を選ぶと、自家蛍光源からの不必要な発光を回避できる。
柔軟な対応が可能であれば、実験に別のイメージング法を使えるかどうかご確認ください。厚みのあるサンプルや組織の場合、共焦点または多光子顕微鏡システムを使用すると、全体的な自家蛍光を最小化することができます。これは、共焦点システムでは焦点外の光をまとめて排除し、多光子システムでは励起を焦点面に限定することで実現します。
生物発光イメージングなどの技法を使用すれば、自家蛍光色素が収集データに信号を発することを完全に阻止できます。発光験では化学発光反応による放出光子の生成に励起光を必要としないため、自家蛍光色素は刺激を受けません。
イメージングの前に自家蛍光信号の影響を低減できない場合は、データ収集後画像処理法(スペクトル分離や背景差分など)が効果的な解決策です。これらの計算手法には、サンプルの内因性蛍光色素を引き出したり、自家蛍光スペクトルに関する予測知識を持っていたりすることで、効果的に影響を取り除ける研究者が必要です。