毎年、Nature Methods誌では、過去1年間にライフサイエンス業界を前進させた技術や手法を振り返り、最も評価が高く、強い影響を与えたものを選出しています。2017年の、Method of the Yearに選ばれたのがオルガノイドでしたを挙げられそれ以来、オルガノイドの研究は、たくさんの研究者によりあらゆる生物研究に応用されてきています。
オルガノイドとは組織細胞や幹細胞由来の3次元(3D)組織培養です。オルガノイドは、基本的に組織や臓器を簡略化・小型化したものであるため、幅広い研究に利用されています。in situ組織の生理的構造と機能をシミュレートし、何度も継代することで遺伝情報を安定的に維持することができます。
生体の一部を再現できることから、研究者は以下の目的でオルガノイドを利用できます。
- 臓器の発生過程に関する洞察を得る
- 医薬品の作用を試験する
- 再生医療を進展させる
このブログでは、最新のオルガノイド研究をいくつか取り上げ、この重要な研究の前進に顕微鏡イメージングがどのように関わっているかの一部を紹介します。
オルガノイド研究の進歩
研究者たちはオルガノイドを使用して新たな研究を生み出し続けています。注目すべき研究をいくつか紹介します。
1. 患者由来の膠芽腫オルガノイドモデルとバイオバンクが再現する腫瘍間多様性と腫瘍内多様性
2019年、ペンシルベニア大学の研究者たちが、「患者由来の膠芽腫オルガノイドモデルとバイオバンクが再現する腫瘍間多様性と腫瘍内多様性(A Patient-Derived Glioblastoma Organoid Model and Biobank Recapitulates Inter- and Intra-tumoral Heterogeneity)」と題する論文をCell誌に発表しました。この中で、患者由来膠芽腫オルガノイド(GBO)モデルとバイオバンクの確立が報告されました。
この研究では、GBOが膠芽腫の主要な特徴を保持していることと、患者の治療法開発にすぐ活用できることが示されました。この確立したバイオバンクは、膠芽腫の基礎研究および翻訳研究に豊富なリソースを提供しています。
この研究論文では、顕微鏡で観察されたオルガノイドの増殖過程と形態変化を実証しました。また、オルガノイド内に見られるタンパク質マーカーの発現パターンを、共焦点レーザー走査型顕微鏡で観察しました。
オルガノイド細胞が元の腫瘍の細胞構成に非常に似ていることに加えて、その形態と特徴に明らかな多様性が見られることを実証しました。
2. ヒト前脳形成のモデルにおけるクロマチンアクセシビリティの動態
2020年、「ヒト前脳形成のモデルにおけるクロマチンアクセシビリティの動態(Chromatin accessibility dynamics in a model of human forebrain development)」と題する論文がScience誌に発表されました。この中で、研究者たちはヒト前脳オルガノイドを作るための培養過程とその使用目的を示しました。そして、ヒト前脳オルガノイドが前脳の別の部分に自己組織化する仕組みを実証しました。
さらに驚くことに、ヒト前脳オルガノイドの寿命を300日間まで延ばす方法も見つけました。それだけの期間があれば、前脳オルガノイドがさらに複雑な構造に増殖するのを十分観察できます。
3. 人間の介在ニューロン前駆細胞の増殖が脳腫瘍と神経異常を誘導
2022年、「人間の介在ニューロン前駆細胞の増殖が脳腫瘍と神経異常を誘導(Amplification of human interneuron progenitors promotes brain tumors and neurological defects)」という論文がScience誌に発表されました。この研究により、子どもの発達遅延やてんかんにつながるおそれのある大脳皮質形成異常(MCD)に関与する、ヒトの特定の発生過程が明らかになりました。
この研究では、結節性硬化症(TSC)のヒト脳オルガノイドモデルを確立し、特定の脳幹細胞種、Caudal Late Interneuron Progenitor(CLIP)を特定しました。TSCにおいて、CLIP細胞は過剰に増殖し、過剰な介在ニューロン、脳腫瘍、皮質奇形を発生させます。
オルガノイドは、発生、疾患、創薬の研究に適した期待できるモデルです。さらに再生医療など他の分野でも幅広く活用される可能性があります。しかし、オルガノイドの培養条件と構造は接着細胞よりも複雑なため、オルガノイドの培養、観察、定量データ分析にはいまだに多くの課題が存在します。
顕微鏡イメージングがオルガノイド研究を前進させる3つの方法
しかし、幸いなことに、顕微鏡イメージングはこのような課題を解決するのに役立ちます。顕微鏡イメージングシステムとソフトウェアがオルガノイド研究を前進させる3つの方法を紹介します。
1. オルガノイドの培養における品質管理
オルガノイドの標準的な調製方法は、胚細胞または人工多能性幹細胞(iPS細胞)を分離し、それらの細胞を支持培地(マトリゲルなど)上で培養します。こうすることで、3次元の増殖が可能になります。
オルガノイドの形成に関わる特定のシグナル伝達経路を活性化または抑制するために、サイトカイン、増殖因子、小分子を培地に添加します。シグナル伝達経路は、同等の体内臓器の恒常性の発達および維持を仲介するものと同じです。
東京医科歯科大学統合研究機構の武部貴則先生の研究によると、維持培養における増殖初期の違いによって、その後のオルガノイドへの分化効率は大きく影響を受けます。分化能のあるiPS細胞株では、増殖初期に接着した細胞の多くからコロニーが形成されることが分かりました。
武部先生は、分化抵抗性を示すiPS細胞株において、維持培養の初期に細胞死が高頻度で生じ、その結果得られるiPS細胞コロニー数が少なくなることが原因で、最終的に肝芽オルガノイドの分化効率の低下が起こるのではないかと考えました。結果として、オルガノイドを再現よく創出するには、オルガノイドの分化に関するさらに最適なプロトコルの開発に加えて、未分化iPS細胞の培養を最適化する必要があります。新たな洞察と実験プロトコルの改善を求めて、武部先生はエビデントのインキュベーションモニタリングシステムを使用しています。
培養サンプルのタイムラプスデータ取得および解析にCM30システムを使用すると、細胞培養中のiPS細胞の状態を把握し、分化効率の向上に寄与する重要な要因を特定できるため、実験プロトコルのさらなる改善に役立ちます。
オルガノイドの培養時間は長く、その成長に必要な培地と添加物のコストは高いため、オルガノイドの培養過程と成長に特別な注意を払うほか、異物混入を避ける必要もあります。
CM30システムが持つリモートモニタリング機能のおかげで、顕微鏡実験のためにクリーンルームに入ってインキュベーターからサンプルを取り出す必要がありません。これによって実験効率が大きく向上し、コンタミネーション(異物混入)のリスクを抑えられます。
インキュベーター内でのオルガノイドの成長。CMインキュベーションモニタリングシステムを使用して取得した画像。画像データ提供:ACEL, Inc.
2. オルガノイドの顕微鏡イメージング
オルガノイドは厚みのある3次元のため、3次元のZ軸画像情報を取得できる顕微鏡イメージングシステムが推奨されます。これによって、オルガノイド全体の形態的特徴やその内部の細胞構造に関する情報が得られます。
オルガノイドイメージング用共焦点レーザー走査型顕微鏡
共焦点レーザー走査型顕微鏡は、オルガノイドの3次元立体画像を取得するのに適しています。検出器の前に設置されたピンホールが焦点以外からの蛍光を遮断するため、焦点面の情報だけが高いZ軸分解能で取得されます。
エビデントのFLUOVIEW™ FV4000共焦点レーザー走査型顕微鏡は、SilVIR™ ディテクターによる高精度なイメージングを特長とし、高いS/N比、より正確なイメージング、高い空間・スペクトル分解能を実現します。SilVIRディテクターは、エビデント独自の技術により高ダイナミックレンジのフォトンカウンティングが可能で、高精細な3次元イメージングデータが得られます。また、この技術では3次元画像の再構築も可能で、オルガノイド構造を調べるのに最適です。
FV4000システムは、信頼性の高い近赤外(NIR)ソリューションも備えています。NIRイメージングでは、 組織に対して高透過性、低光毒性であるほか、組織からの自家蛍光を抑えられます。そして、広い波長領域のさまざまな蛍光プローブを使用し、オルガノイドをクロストークフリーのマルチカラー蛍光イメージングで捉えるとともに、その活動を長期間モニタリングすることができます。
FLUOVIEW共焦点レーザー走査型顕微鏡を使用した、3次元培養細胞球の21日間連続観察。核はSYTOX Orange(赤)で標識。細胞骨格はAlexa Fluor 488(緑)で標識。
オルガノイドイメージング用多光子励起顕微鏡
厚みのあるオルガノイドの全体の3次元画像を取得するには、イメージングの深度が重要です。多光子励起顕微鏡は、オルガノイドの深部イメージングに最適な顕微鏡イメージングシステムです。
このシステムがオルガノイドの深部イメージングにどのように役立つかを、簡単に説明します。
エビデントのFV4000MPE多光子励起レーザー走査型顕微鏡は、高感度、高分解能な深部イメージングに最適化された高度な光学系を備えています。400~1600nmの波長範囲に対応し、可視光蛍光の効率的な検出と、より効率的なIR励起が可能です。
より大きな開口を持つ検出光路は、より多くの蛍光、特に深部で散乱した蛍光も高効率で検出することが可能です。さらに、システムの中核となるSilVIRディテクターは、可視光から近赤外波長域にわたり、極めて低いノイズと高感度で高いS/N比を実現します。
このような光学性能によって、オルガノイドの奥深くまで情報を取得できます。TruResolution™ 対物レンズは、球面収差の自動補正により、深部イメージングでの明るさと分解能を向上させます。この高性能レンズを用いることで、3次元画像のより詳細な情報を高レベルで取得できます。
オルガノイドイメージング用超解像顕微鏡
よりサイズの大きなオルガノイドをイメージングするは、複数のZスタック画像を取得して貼り合わせて画像構築する必要があるため、高速の画像取得が求められます。そこで活躍するのがスピニングディスク型共焦点顕微鏡です。
レーザー走査型顕微鏡では単一のピンホールを使用するのに対して、スピニングディスク型共焦点顕微鏡では数百ものピンホールがあるディスクを使用し、高速で回転させています。ポイントごとではなく、サンプル全体が一度に撮像されるので、イメージング速度が大幅に上がり、光損傷が抑えられます。
エビデントのスピニングディスク型共焦点システムIXplore™ SpinSR超解像顕微鏡は、高速イメージング、高感度、低光毒性を特長とし、さらに超解像モジュールを使用すると分解能120nmの高解像画像取得も可能です。これらの機能が、オルガノイドの高速貼り合わせZスタックイメージングを実現します。
IXplore SpinSRシステムは、エビデントのシリコーンオイル浸対物レンズと合わせて使用することも可能です。このレンズを使用すると、オルガノイドの深部イメージングであっても、ボケのないシャープな超解像画像を取得できます。
エビデントのシリコーンオイル浸対物レンズは、浸液として屈折率1.40の特殊なシリコーンオイルを使用します。これにより、オルガノイドなどの厚みのあるサンプルで水浸対物レンズよりも高分解能の画像が取得できます。
3. オルガノイド画像の定量分析
ここまで、共焦点レーザー走査型、多光子励起レーザー走査型、超解像といった高性能顕微鏡イメージングシステムを使用した、ミクロ画像の取得方法について説明しました。これらの画像によって、3次元サンプル内の細胞の精密な構造、さらには細胞内の構造レベルまで観察できます。
ライフサイエンス研究においては、サンプルの細部を観察するだけでは不十分です。医薬品の効果検証や毒性解析にオルガノイドモデルを使用する実験では、オルガノイドやその内部細胞の形態を定性的・定量的に分析することも求められます。例えば、マルチウェルプレートに薬剤投与濃度の異なる複数のオルガノイドを入れて違いを比較すれば、より確かな統計データが得られます。
こうしたニーズに応えるため開発されたNoviSight™ 3次元細胞解析ソフトウェアは、マルチウェルプレート内で培養された細胞スフェロイドやオルガノイドなど、サンプルの複雑な3次元細胞判定と解析に活躍します。
NoviSightソフトウェアのユーザーインターフェース。この例は、さまざまなパクリタキセル濃度で処理した細胞スフェロイド内の有糸分裂細胞の定量分析を示しています。
オルガノイド研究に役立つ機能の一部を紹介します。
- エビデント独自のTrue 3D細胞解析技術により、サンプルの空間的形態を解析
- マルチパラメトリック測定モジュールにより、オルガノイドやそれを構成する細胞を高速判定し、体積、表面積、空間距離、蛍光密度などの有益なデータを取得
- インタラクティブなユーザーインターフェースを使用して、細胞画像とその統計データと簡単に照合でき、データを正確に統計分析
オルガノイドは、さまざまなヒトの組織の、遺伝子および形態レベルでの疑似サンプルとして利用できるため、その応用対象は発生過程、疾病研究、臨床免疫、腫瘍の薬剤感受性、再生医療、高精度医療へと広がっています。
しかし、オルガノイドはまだ新しい技術です。オルガノイドの培養、品質管理、実験の再現性には、多くの課題があり、オルガノイドの基礎研究、応用、実用化にはまだ長い道のりがあります。
光学と顕微鏡イメージングの分野で豊富な経験を持つエビデントは、オルガノイド研究者の実験過程全体をサポートするべく取り組んでいます。サンプル調製から3次元データの収集・解析まで、オルガノイド研究に適した完全なソリューションを提供することで、世界をより健康で安全にするという使命に向けて貢献します。
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