生命科学研究における胚発生は顕微鏡技術の進化と共に研究が進み、特に動物胚発生はES細胞のような
幹細胞研究まで広く発展してきました。一方で植物胚発生は昔から研究されているにも関わらず、動物胚発生と比べても植物胚発生の現象はまだまだ解明されて
いないことが多くあります。植物胚発生の研究が進まない大きな要因として、被子植物の受精卵は母体組織であるめしべの奥深くに埋め込まれているので、これ
まで受精卵の分裂過程を生きたまま観察することができませんでした。
ライブイメージングや顕微細胞操作の技術を柱に植物の生殖機構の解明に取り組 んでいる名古屋大学 ERATO 東山ライブホロニクスプロジェクト
光技術グループ 栗原
大輔博士らの研究グループは、今回、これまで困難とされてきた植物受精卵の発生過程を世界で初めて生きたまま観察することに成功し、その一連の研究成果を
2015年7月に米国科学誌「Developmental
Cell」*で発表されました。本研究では、特殊な培地や新たなマイクロデバイスを開発したことで、植物の受精卵が分裂し成長する様子を長時間にわたって
ライブイメージングすることができました。
ここでは、本研究でも使用されたライブイメージング専用対物レンズ“シリコーン浸対物レンズ”を用いて、植物受精卵の胚発生を長時間にわたってライブイメージングした研究の一例をご紹介させていただきます。
被子植物の胚発生はめしべの奥深くにある胚珠の中で進行Fig1しているため、これまで受精卵の分裂から胚発生の過程を生きたまま観察することができませんでした。
名古屋大学 ERATO 東山ライブホロニクスプロジェクト 光技術グループ 栗原
大輔博士らの研究グループは植物モデルのシロイヌナズナを用いて、胚珠をめしべから取り出し、in vitro培
養下で胚珠の中で胚発生を再現できる培地成分の組成を検討しました。胚発生に異常なく胚珠が成長できる培地成分を検討したところ、胚珠を包んでいるめしべ
の組織(子房)の培養に用いられている培地に、有機物のトレハロースを加えることで、胚珠生存率および正常な胚発生率の劇的な上昇が観察されました。この
新しい胚珠培養培地の開発によって、めしべから取り出した胚珠内での胚の成熟および発芽、また発芽した個体を成熟個体まで栽培することも可能になりました
Fig2。
Fig1. シロイヌナズナの花と胚発生の模式図
胚珠の中にある受精卵は著しく細胞伸長した後、小さい頂端細胞と大きい基部細胞へと大きさの異なる2つの細胞に不等分裂。
頂端細胞は胚を形成し、最終的には植物体を形成。
7日間 | 10日間 | 14日間 | 19日間 |
26日間 | 32日間 | 37日間 |
Fig2. 胚珠培養培地の培養下における初期胚からの植物体形成(白矢印)、スケールバーは2mm
栗原博士らは次に安定的な長時間イメージングを可能にするマイクロデバイスの開発に取り組みました。胚珠は楕円形をしているため観察中に培養液中を動いて
しまい、顕微鏡の視野からずれてしまうため、これまで数日に渡る胚発生の過程を安定的にライブで観察することができませんでした。栗原博士らは、これまで
独自で作製してきた胚珠を安定して保持できるマイクロケージアレイにさらに改良を加えたマイクロピラーアレイを開発、胚珠の成長を妨げることなく、長時間
安定して胚珠を保持できるマイクロデバイスを開発しました。この新しいマイクロデバイスと胚珠培養培地の開発によって、長時間安定して胚珠を保持しながら
培養する技術を確立することができました。
ピラーアレイ | 胚珠固定 | 拡大画像 |
Fig3. マイクロデバイスによる胚珠固定
ピラーが等間隔に並んだマイクロピラーアレイを用いることによって、長時間安定して胚珠を保持。ピラーは胚珠の成長を妨げることなく胚珠を保持するので、胚発生の詳細な観察が可能。スケールバーは300μm。
上述の胚珠培養技術と何層もの細胞に覆われた胚珠の中にある胚を高感度に撮影できる顕微鏡システムを組み合わせることによって、世界で初めて受精卵から後期胚までの胚発生を長時間リアルタイムで観察することができました。
その高感度顕微鏡システムの1つとしてオリンパスの30倍シリコーン浸対物レンズUPLASAPO30XSを付けたフル電動倒立型顕微鏡IXシリーズが使用されました。
シ リコーン浸対物レンズとは、生体屈折率(ne≒1.38)に近いシリコーンオイルの屈折率(ne≒1.40)をもとに光学設計したライブイメージング専用
の対物レンズです。今回のイメージング実験に用いられた30倍シリコーン浸対物レンズは広い視野を確保しながら深部・高精細イメージングに必要な高開口数
1.05と長作動距離0.8mmを有しています。シリコーンオイルは37℃の環境で数日間続けて使ってもオイルが乾かないため、水浸対物レンズのように蒸
発による水補充の必要はありません。またシリコーン浸対物レンズはフル電動倒立型顕微鏡IXシリーズのZドリフトコンペンセータIX-ZDCにも対応して
おり、そのZドリフトコンペンセータIX-ZDCと組み合わせることで常にピントのあったライブ画像が取得できます。
30倍シリコーン浸対物レンズUPLASAPO30XSを用いたライブイメージングの1例として、シロイヌナズナ初期胚(4細胞期)から後期胚までの67時間、安定的にリアルタイムで胚発生の過程を観察することができました(動画)。
Fig4. 30倍シリコーン浸対物レンズUPLASAPO30XSによるマイクロデバイス観察の模式図
電動XYステージを用いて多点タイムラプスを実施
動画. 受精卵分裂と胚発生のライブイメージング
初期胚(4細胞期)から後期胚までの胚発生の過程を10分間
隔、67時間連続で観察。胚細胞が分裂する方向を変えながら丸い組織を形成する様子や胚柄細胞が縦にのみ分裂し棒状の組織が形成していく様子がわかる。数
字は観察開始からの時間。緑色は細胞核(H2B‐GFP)、ピンク色は細胞膜(tdTomato-LTI6b)。
撮影条件;
顕微鏡システム: フル電動倒立型リサーチ顕微鏡IXシリーズ
対物レンズ: シリコーン浸対物レンズUPLSAPO30XS
共焦点ユニット: CSU-X1(横河電機 社製)
EMCCDカメラ: Evolve 512(Photometrics)
電動XYステージ: MD-XY30100T-Meta(Molecular Devices)
ピエゾZフォーカス: P-721(Physik Instrumente)
また栗原博士らの研究グループはライブセルイメージング技術を用いた本研究と並行して、新たに植物をまるごと透明化する技術“ClearSee”を開発、その研究成果を2015年10月に米国科学誌「Development」**で発表されました。
今回開発されたライブセルイメージング技術や新しい植物透明化技術が今後世界中に拡がることで、植物研究の大いなる発展が期待されます。
アプリケーションノート制作にご協力賜りました先生;
名古屋大学 ERATO 東山ライブホロニクスプロジェクト 光技術グループ 栗原 大輔グループリーダー
上記研究内容の詳細は下記文献をご参照下さい。
* 論文出典: Dev Cell. 2015 Jul 27;34(2):242-51. doi: 10.1016/j.devcel.2015.06.008. Epub 2015 Jul 9.
ジャーナル: 「Developmental Cell」
発表日: 2015年7月9日
タイトル: Live-Cell Imaging and Optical Manipulation of Arabidopsis Early Embryogenesis
著者: Keita Gooh, Minako Ueda, Kana Aruga, Jongho Park, Hideyuki Arata, Tetsuya Higashiyama, Daisuke Kurihara
** 論文出典: Development. 2015 Dec 1;142(23):4168-79. doi: 10.1242/dev.127613. Epub 2015 Oct 22.
ジャーナル:「Developmentl」
発表日: 2015年10月22日
タイトル: ClearSee: a rapid optical clearing reagent for whole-plant fluorescence imaging
著者: Daisuke Kurihara, Yoko Mizuta, Yoshikatsu Sato, Tetsuya Higashiyama
オ リンパスは、高開口数・長作動を両立したシリコーン浸対物レンズ30/40/60/100倍(UPLSAPO30XS/UPLSAPO40XS
/UPLSAPO60XS2/UPLSAPO100XS)をラインアップしています。シリコーンオイル(ne≒1.40)の屈折率は生体(ne≒1.3
8)に近いので、厚みのある生体観察において、屈折率ミスマッチによる球面収差を抑えた高解像観察が可能です。またシリコーンオイルは乾いたり固まったり
せず、浸液補充の手間が必要ありません。シリコーン浸対物レンズは、電動倒立型リサーチ顕微鏡IXシリーズのZドリフトコンペンセータIX-ZDCにも対
応し、温度変化や薬液投与に影響されることなく、フォーカスを維持したまま、長時間安定した高解像度での3Dイメージングを実現します。
オリンパスが販売する標本透明化溶液SCALEVIEW-A2(ne≒1.38)とシリコーンオイル(ne≒1.40)の屈折率は接近しており、高NAを実現したシリコーン浸対物レンズは透明化標本の観察においても最高のパフォーマンスを発揮します。
作 動距離0.2mmをもつ100倍シリコーン浸対物レンズUPLSAPO100XSは約120nmのXY分解能を実現する超解像FV- OSR(Olympus Super
Resolution)イメージングにおいて数十マイクロメートル深部の細胞内構造の超解像観察が可能です。
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